カイロプラクティックとは? その歴史と創始者パーマー氏について解説

カイロプラクティック

カイロプラクティックは
ダニエル・デビッド・パーマー氏が開発した手技療法です。

 

パーマーはカナダのオンタリオ州ポートベリー生まれ。
20歳の時に生まれ故郷を出て、アメリカに移住します。

 

カイロプラクティックというと、
どこか東洋的なイメージがあると思います。

 

しかし、創始者や発見の経緯から考えれば、
まぎれもない西洋医学です。

 

DDパーマー

(カイロの創設者:D・D・パーマー氏。引用元

 

患者の治癒を自らの使命としていたパーマーは
患者自身の自然治癒力を使った、
薬に頼らない療法を長年研究していました。

 

そんな彼がカイロプラクティックを生み出す
きっかけになったエピソードはとてもドラマティックです。

 

舞台となったのは1895年9月18日、アメリカのアイオワ州。
パーマーが耳の聞こえないハービー・リラードの背中を調べていると、
彼の背中に飛びした椎骨を発見します。
(胸椎4番    頚椎2番のも言われる説もあります)

 

リラードの承諾を得て、
その飛び出した脊椎を正常の位置に押し込むと、
彼の耳が突然聞こえるようになったのです。

 

カイロプラクティック

 (引用元 )

 

この出来事によってパーマーは
背骨と健康との関連性に気づきます。

 

その後も原因不明の患者の椎骨を
正常な位置にアジャストすることで治癒に成功。
彼は自分の理論に確信を持つようになりました。

 

ちなみに「カイロプラクティック」という名称も
この頃に決定されました。

 

パーマーが古典言語に詳しい友人に相談すると、
彼から幾つかの候補を提示されました。

 

その候補の中から選ばれたのが、
ギリシャ語で手を意味する「cheir」と
技術を意味する「Practos」を組み合わた
「chiropractic(カイロプラクティック)」でした。

 

その後、カイロプラクティックの研究は、
彼の息子B・ J・  パーマーによって受け継がれ、
H I O理(上部頸椎理論)論が確立されます。

 

BJパーマー

(息子のB.J.パーマー。引用元

 

その後は後進の研究により、
様々なテクニックが発表されるようになり、
現在まで発展してきました。

 

カイロプラクティックと一口に言っても、
テクニックの数は20種類を超えると言われています。
何しろ世界各地で日々研究が進んでいるので、
正確なところは誰にも分かりません。

 

そんな数あるテクニックのうち私が学んだのは、

  • ターグルリコイルテクニック
  • ピアーステクニック
  • SOT
  • ローガンベーシックテクニック
  • トムソンテクニック
  • ガンステッドテクニック

などです。

 

特にターグルリコイルテクニックと
ピアーステクニック、SOTについては
以前は研究部に所属していました。

 

今ではレジェンドのような先生と
研究させていただく機会に恵まれ、
私の技術の土台となっています。

 

各テクニックの詳しい内容については
今後、このコラムでご紹介したいと思います。

 

以上、カイロプラクティックの発見とその歴史についてでした。

 

 

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